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相馬市長とのお話

『もし、パパが死んじゃっても、いずみは大学まで行けるから安心だよ。』

小学生の時、留守がちだった母の代わりに、
仕事を終えて帰宅した父の晩酌は、私の役目でした。


そんな夜は決まって、父の“語り”が始まります。

少年時代、家計を助けるために
石鹸とお茶を自転車の後ろに積んで売り歩いた話。
石鹸の匂いがお茶に移らないようにするのが大変だったこと、
冒頭のような口癖など、
父が熱燗をおいしそうに飲みながら話すのを聞くのが、
私は大好きでした。



そんな父が急死したのは私が中学2年になったばかりの5月3日。

もうすぐ父の命日です。

入院した翌日に死因不全で亡くなりました。
享年47歳。
わー若っ(>_<)


父は自分の死を予期していたかはわかりませんが、体が弱かったのは事実です。
それでもお堅い銀行マンを勤めあげ、葬儀の際は、
住宅街のど真ん中の我が家から、駅前近くまでご焼香の列が出来たほど。

父の口癖通り、父亡き後も、母は働きに出ることもなく、
3人兄妹、無事に学校を卒業することができました。

私が大学在籍中は、そのつもりはなくとも、母子家庭を心配し、
大学の方から奨学金を受けるように、とわざわざ連絡をもらったほどでした。


父の頑張りのお陰で、何不自由なく暮らすことが出来たことに、
今さらながら感謝の思いです


こんなことを書いたのは、
今回の地震により、ご両親、または父親、母親を亡くした震災孤児の問題が深刻だから。

先日お会いした、相馬市長とのお話。
半分はこの震災孤児のお話でした。

相馬市長ブログ

最後まで任務を全うして死んで行った消防団員たち。

ギリギリまで彼らと電話でやりとりをし、指示を出していた市長。

一人でも多くの市民を助けようと消防団員たちは奔走したそうです。
10人もの団員のご遺体が後から見つかったと聞きました。

『やつらの怨念が重く肩にのしかかってるんだよ。
だから“あの日”から、消防法被(ハッピ)を着て毎日仕事してる。
何としても、奴らが遺していった子どもたちを、
今回の地震で親を亡くした子どもたちを、大学まで行かせたい。』

市民何人もの命を救った彼らの活躍を誇りに思うように、
時に笑顔で、時に泣きながら語る相馬市長のお話は、
涙なしで聞くことができませんでした。

『お金が足りない!』

何より切実で現実的な訴え。

そこで私が『ポーン!』と、お金を用意できるわけもなく。。


ただ涙するだけで、非力な自分を歯がゆく思うばかりでした。

『ごめん、君たちのこと知らなくて。歌手は美空ひばりしか知らないんだよ。』

当然です


『市長、美空ひばりかカズンか、って言われてるんですよ!』
と冗談で返したんだけど、もしかして信じちゃったかな。
いや、信じるわけないか(>_<)

そんくらい有名で実力あったら、もっと違う形でズドンと支援できるんだけど…
市長とは、将来、一緒にライブさせてもらう、お約束をしました。
音楽大好き!みたいです。





今できることは、福島県相馬市のサイトの紹介。

義援金が、英雄が遺した子どもたちに届くまでには、
あまりに時間がかかり、お役所のシステム、ハードルを越えなければなりません。

サイト、見てみてください。

各自治体で、やり方こそ違えど、震災孤児を救っていこうという試みがなされています。
そう言った角度から注目してみることも、支援が身近に感じられるかもしれません。

一人一人の力は小さくとも、
絶対何かできるはずだよね。
相馬市HP
相馬市震災孤児寄金
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コメント

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Re:もっと市民の事を考えろ

そうゆうことがあったんですね。。。

支援する側の気持ち、支援される側の気持ちが通じ合わないのは悲しいことですね。。

何が一番正解なのかは私にはわからないけれど、一番困っている人、不便している人が少しでもよくなる方向に動いて欲しいと思うばかりです。

もっと市民の事を考えろ

現在アルプス電気でNPOがやってる支援物資、市長は反対したとききました、理由は相馬自体の商業の妨げになるからと聞きました、市長あなたはお金持ちかもしれない、でも市民の今の現状はいくらかでも支援物資がある方がありがたい、みんなは市長みたくお金があるもんだと思わないで下さい。
もっと一般市民目線で考えてください。

トムさん!

そうでしたかー。

私と同じ中2ですね。
お母様も頑張られたんでしょうねi-176
お元気でしょうか?

いやいや、同じ運命だなんて、トムさんも私も、親の分まで、
頑張って生きましょうよーーーーー。
もう、100歳くらいまでねi-236

そうですね。
私達もできること、積極的にやっていきたいですi-199

本音でやり取り出来る様で、心から嬉しく思います。

いっぱい書きたい事があります。
心の痛みが同じ様な気がして……。

私も中2の冬に、父親を突然失いました。
42歳でした。
それからは、母一人、子一人で暮らしてきました。
また、私も同じ運命にならないか少し心配しています。私にも子供がいますから。

カズンさんの知名度は、かなり高いと思います。
自信を持って、サッカーの中田英寿の様に積極的な御活躍に期待しています。

Re: タイトルなし

そうなんですよーーー。

今、考えるとホントに若くして、また、働きざかりの時に亡くなったんだな、
って思います。
もし、今自分の身に何かあったら…
残して行く家族を思うとやりきれません。

でも、それが現実の今回の震災なんですよね。
hiroさんの言うとおり、私もたくさんの方にサポートしてもらって今までやってきました。

残された子ども達も、しっかり周りに支えてもらえるようにと願います。


47歳だったのですね。。今の私たちとさほど変わらない年代。
思う人と思われる人。
互いを思いやる気持ちはきっと同じはず。
いずみさんの気持ちはずっとお父さん、お母さんに届いてるよ。そしてご両親のお気持ち、ご家族、友人、周りの方々のお気持ちがしっかりとサポートしてますからね。
会社のPCでブログ読んで、胸が詰まったよ。

Re: 凄く大事な話!

ありがとうございます。

一緒に被災地に行った国連女性議会会長は、また別の形で、
震災孤児の支援を考えていらっしゃいます。
こちらは、また追々、お話できると思いますが、
今回は、福島のお話を書きました。
あまりにも大きな問題で、途方にくれそうですが、
善意の積み重ね……。
それしかありませんね。
早速の寄附、賛同いただき、ありがとうございますi-199

凄く大事な話!

相馬市、仙台市でのご対応、本当にご苦労様でした。避難民の皆さんの「涙」といずみさんの歌を聴いて救われた「笑顔」の二つが、いずみさんの心にずっしりと響いたことと思います。でも、相馬市長の言葉は重たい話(HP、ブログも拝見)ですが、凄く大事な話をされていると思います。義援金(一時金)だけでは解決しない問題で、正にこれからの課題だと思います。でも小さい善意を積み重ねるしかありません。震災孤児基金への寄付(些少ですが)を決めました。